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2012年10月の佐藤先生のご指導から。

【作品の背景】 管理人(池田)は前年のコンクールに応募し、佳作を受賞しました。それをきっかけに正会員になり、また事務局にも入れていただきました。上木先輩から「あなたは大きな事件を短編にまとめるのがうまいね」 と褒められてのぼせ上り、それなら次も大きな事件を題材にしようと、自信満々に書いたのが下記の作品です。






【佐藤先生】 この作品はなんでしょうねぇ……。 (先生はじっと誌面を見て沈黙。この沈黙からして、こちらは怖くてたまらなくなります)

 私ね、あなたが今日来るまでに3度、この作品を読みましたが、講評する確信が持てなかったんです。それでさっき、もう一度読んだんですが、都合4回読んでもこの作品がわからない。 池田さん、もう一度、声に出して作品を読んで下さらない? (私に限ってのことではありません。先生はコンクール審査のときも、5回も6回も、納得がいくまで精読して下さるのです)

【先生】 はい、ここ。 「なに、四番というのは俺のことかい」 というのは何なの?
【池田】 はい。あまりに意外で肝を潰しましたので、そのように表現しました。(本当はこのころ読んでいたユーモア作家の文体のものまね)

【先生】 あなた、この文章はおかしいでしょう。この話、平凡な日常生活にマル査がいきなり踏み込んできたという話じゃないの? そんなら普通は、ワーッ、大変だ!大変だ、どうしよう、となるのが普通でしょう。何か、作者が醒めているのよね。他人事みたいに・・・・・・。なんでこんな表現になるのか、おかしい、もっと考えて書きなさい。


【先生】 この「うっぷっぷ」というのもダメね。何ですか、これは。そもそもエッセイの基本的なルールとして、こんな文章の真ん中に「うっぷっぷ」なんて挟まないのよ。 あなた、もしかしてこの作品で、軽妙なユーモア路線を狙っているの? それだったらまずテーマ選びが間違っているわね。

【先生】 たいていの人にとって、いきなりマル査に踏み込まれるなんていうのは大ごとなのよ。そのことを書くんだったら、せいぜい4〜5枚の原稿用紙に書こうとするものじゃないの。私でもこれは小説仕立てにして、30枚から50枚は必要だわ。

【先生】 あなたマル査が来ることを予測していたの? 知らなくて驚いたのよねぇ。それで彼らにどうして踏み込んだのか、わけを聞いても全然答えてくれなかったと・・・・・・。それならこの場の空気はもっと緊迫していた筈よね。 そこが全然書けていない。それでいて何、この「うっぷっぷ」って。


【先生】 最初の読者がマル査の役人とは・・・・・・云々って、これ、違いますよね。係は脱税を調べるために、あなたのフロッピーの中を見たわけでしょう? あなたそのころ小説を書いていたの? まぁ、そこには池田さんが書いた小説があったと・・・・・・ 係は捜査の途中でそれを発見しただけであって、別にあなたの作品の読者じゃないですよね。 ここは事実が正確に表現されていない、ということなの。

で、あなたのこの小説は公募か出版かしたの? 途中でやめた? じゃあ、書いたことにならない。このエピソード自体、必要ないですよね。 読者に読ませる必要がない。

そして次の一行が空けてあるのだけれども、そのまま同じ日の出来事が続くわけです。そんなに時間も経過していない、なのに短編エッセイの中で、わざわざ一行空けしてある。 意味がないんです。 一行空けのテクニックなんか使う必要のない箇所なんですよ。 そんなに簡単に一行空けを用いるものじゃないです。

それから下の段 「我々も調書を取られることがありますが」のところ、言葉の選び方が固苦しくて、わかりづらいのね。 事実としてはこのとき、この係はこういう言い方をしたかも知れませんが、読み手にわかりにくそうだなと思ったら、書き手は言葉を選ばなきゃ。 変えていいんです。 わたしならば 「我々もたまに調べられることがありますが」という具合に書くでしょうよ。

【先生】 次の行の「おっと、それはどういうことかい」というのも、ダメだということがわかりますよね。 池田さんはユーモアのつもりで書いたのかもしれないけれども、馬鹿にあなたがのんきに見えるだけで、全然ユーモアが効いてないんです。

【先生】 警察と同じようなものだったら昼食はカツ丼かと思ったらホカ弁で、おごってくれるのかと思ったら580円取られた、ここだけは文章が読みやすくて、読者もふうんとなって、あなたが笑ってもらおうと意図していることがわかります。 この作品の中では唯一良さそうなところね。 だけど全体的に固くて面白くない作品なものだから、ここだけちょっと良いかなという工夫があっても、全体の流れが変わるほどではないわね。

【先生】 そもそも緊迫感を感じさせるところが、全然不足しているんです。 もっと大変な事件だ、緊急事態だ、と感じさせる描写がないと、逆にユーモアを交えて書いたところも面白くならないんですよ。 ここらへん、筆力が不足していてまだ未熟だわね。

【先生】 緊迫感を出せる、書き込めるというチャンスが「午後から本格的な取り調べが始まったが」というところにあるのね。マル査の本格的な取り調べというのは、どんなものだろうって、読者はみんな知りたいわけですよ。でもあなた、肝心なことには全然触れてないのね。

で、そもそもこの事件、なんでこんなことが起きたの?  結局どうなったの?

【池田】 実は先生、これはかくかくしかじかの事情がありまして・・・・・・。

【先生】 ふうん、じゃああなた、そこを書きなさいよ。今ここで口で補足するんじゃなくて……。それが、「そこらへんの事情は憚りがあって公表できません」 とか言うんだったら、そもそも作品にしてはダメよ。 読者を不完全燃焼させたら意味がない。

【ご指導の継ぎ目】 佐藤先生の講評はここで終わりです。もう私の作品は頭になく、下を向いて次の上木先輩の作品を読んでおられます。 先生の講評と講評の継ぎ目は「ブチッ!」と音のない音が響き渡るようです。

いま思い返すと、こんな駄作にここまで指導をして下さって、なんとありがたい事かと思います。しかしこの当時は 「佐藤先生は厳しいなあ、怖いなあ」 という感想以外なく、御礼の発言さえできませんでした。そのことが 「ご指導の受け止め」 のページにある 「せっかく指導しても反応がない」 という先生のお叱りにつながったのです。


2019年5月の堀川先生のご指導から。
【熊沢】 随筆春秋の会員は、とてもひたむきに文章修行に勤しむ、真面目な性格の方々ばかりで、事務局員も逆に学ぶところが多いのですが、そもそも創立のときからそういうカラーだったのでしょうか?

【先生】 うちの母親はもともと朝日カルチャーセンターでエッセイを学んでいたのです。そこでは学ぶということが第一で、ほかの方々と一緒に赤ペンを入れられ、母も添削を受けていました。書いては直し書いては直し、少しずつうまくなって行く感じです。しかし母にはもっとたくさん書きたいことがあったんですね。書きたいのに直しが多くて、次々と多くを書かせてもらえないということに不満を抱いていました。

【熊沢】 もっと自由に書きたかったということですね。

【先生】 母は皆がもっと自由に、たくさん書ける場を作りたいと思っていたのですが、あるとき私に、「いい人を捕まえたから、できるよ」と言い出しました。それが初代編集長の斎藤信也さんのことだったんです。そして成り行き上、母が随筆春秋の代表者になってしまった。

だから最初は事務局員なんか誰もいなかったわけですよ。母とその「書きたい思い」だけがあった。斎藤さんも母のエッセイの先生というだけで、随筆春秋の専従ではなかったですし。

しかし随筆春秋という場ができたとなると、会員なりたいと応募してくる人も結構集まってきました。その人たちの作品を本にまとめるとなると、作品の添削も、忙しい斎藤さんにお願いするだけでは到底間に合わなくて、自分でも赤ペンを握らなくちゃならなくなったし、私も大いに手伝いました。添削なくして本なんてできませんからね。

【石田】 わかります。応募された作品をそのまま掲載することはできないんですよ。どんなに上手い方の作品にも直さなければならない箇所があります。私も自分が文章の何たるか、添削とはどういうふうにやるものかをわからなかったころから、斎藤先生だけでは手が回らないからという理由で、見よう見まねで戸惑いながら添削をはじめて……。

それから色々なところで添削を学んで、年季も重ねて今に至ります。添削するときにはなるべく作者の意向や作風を生かして直すようにして、真っ赤にペンを入れ過ぎたりしないように心がけていますけれども。

【熊沢】 堀川先生はどういうふうなところに気を付けて、随筆春秋に関わっておられましたか?

【先生】 私もエッセイストじゃありませんでしたから、エッセイの添削の専門家ではないんです。私なんかたいした人間じゃないんですけど、ただ本を読むのは好きだったから、添削も人の作品を読みながらやる、という点で楽しんでやりましたね。

そういう場面で文章の専門家だという人、作家だとかエッセイストだとかいう人の添削と私なんかの添削とでは、実は差があるのかも知れないけれども、なんていうか、同じ素人仲間が添削するほうが、むしろ良いんじゃないかと思いながらやりましたよね。

【管理人注】 ここは堀川先生のご指導の主旨をお読み取り下さい。先生は東京大学文学部卒、小説「砂の投影」で銀杏並木賞を受賞されています。素人仲間というのはご謙遜です。

【熊沢】 わかるような気がします。あまり高みから添削指導されるよりも、随筆春秋の、ちょっと先輩からフィードバックを貰う方が、身近に感じて良いという部分もあります。それが随筆春秋を続けられるポイントかなという気もします。

【先生】 うん、そういう点ではお互いに仲間として、変な遠慮はいらないわけだから、単に誤字脱字や接続詞の間違いをただす「校正」ではなくて、作品の根底にある「腰の座り方」にも意見するような添削が、欲しいよね。

小手先の表現についてではなくて、その作品のメインテーマについて、添削者が「あなたの作品について私はこう感じた」と、2行でも3行でも書いてあると、それが文章力を高める良い添削と言えるんじゃないかな。



【先生】 書いたものを発表したいという希望というのは、全然ない人もいるけれども、強く心に抱いている人も、案外大勢いるわけです。

私が熱海に暮らしていたとき、定期的に来てくれる植木屋さんがいたんですよ。彼が趣味で油絵を描くんですね。持ってきて見せるんだけれども、まあ気の毒だけど酷い出来なんです。人物画なども映画スターなんかを描いてあるんだけれど似てないの。

それで彼は私に感想を求めてくるんだけれども、本当に困っちゃった。「あなた、才能がないから止めたほうがいい」っていうのが、一番率直な意見なんだけれども、そうも言えなくてね。

【先生】 でも人間には心を動かされるものがあって、それを人に伝えたいという思いがあるのは間違いないわけで、その植木屋さんにも、そういう思いがあったのは事実なんですよ。そこは尊重しなければならないと思いました。そう思いながら私は、彼の絵の感想を述べなきゃならないと四苦八苦したわけですけれどもね。

でも人間には「自分が感じたことを表現しておきたい」という気持ちがあって、原稿用紙なら原稿用紙、キャンバスならキャンバスに、自分の力で写し取りたいという欲望があって、そういう欲望は人間の持つものの中では割合上等なほうなんじゃないかなと、その植木屋さんの絵を見るたびに思いましたね。

随筆春秋の作品もそういうところがあると思いますよ。才能があるとか、ないとか、良い作品だだとか、もうひとつだとかいうことを超えて、どれも作者それぞれの「思い」のこもった作品ということでしょうね。随筆春秋はそんな「書くことが好きな人たちの上等の欲望」を支える存在だと言えるでしょうね。





2019年4月の佐藤愛子先生のご指導から。
【先生】 第51号の池田さんのこれねえ、これは追悼文ですね。だからエッセイじゃあないですよね。追悼文とエッセイの区別をあなた全然、考えてないんじゃないですか。

追悼文というのは故人を偲ぶ大勢の前で披露するので、敬語を使って書くものなんですよ。この作品でも冒頭から、「お聞きになり」とか「お誘いに応じて」とか、敬語が使われている。でもエッセイだとね、敬語を使う必要はないし、敬語を使ってはおかしいですよ。これがとっても気になる。

追悼文だとね、その人の人間性について深く入れないんですよ。入るとかえって失礼になる場合もあるし。だけど、「布勢さんを書く」、「布勢さんの人間性を書く」、というのがエッセイですからね。布勢さんが、人間としてどういう人だったかを掘り下げて書くのがエッセイだから……。

布勢さんのことを深く語りながら、池田さんという人の人間観が出てこなきゃならない。それがエッセイです。追悼文だとそんなものは必要ない。礼儀さえ弁えていれば、もっと浅い文章でよい。だからね、池田さんってほんとにもう呆れるほど 「偉大なる常識家」 なんですよ。 (笑)

エッセイを書くときには常識というものを排除しなくちゃ、真実に到達出来ないんです。だから私の作品をお読みになったら、「いかに常識を無視している人間か」が、おわかりになるでしょう。それが書き手の個性になるわけだから。そこに佐藤愛子の存在感というものがはっきり出るわけです。

書き手のものの見方とか価値観なりが、ほかの人のことを語っていても出てこなきゃならないの。だから例えば布勢さんのことを語っていても、あなたが書く布勢さんと、石田さんが書く布勢さんとでは当然違ってくる。そこに作品の意味というものがあるわけ。

布勢さんの良いところばっかり見て、「親切だった」とか「優しかった」と書き連ねてしまったら、それ以外の真実というものが隠れて見えなくなってしまうの。それ以外の真実というものが、人間というものには必ずあるんです。ところが池田さんには、「そこまで書くのは失礼だ」 という常識が、エッセイを書く時の邪魔になっている。

だからこの作品は追悼文の範疇から出ていないし、追悼の場で読むべき文章で、ちゃんとしたエッセイにはなっていないんですよ。唯一良いところといえば、あのう、

「布勢先生は私たちを楽しませるために、クイズ形式で話を運ばれるのがお得意で、ときどき奥様が先に答えたり、ネタばらしをなさったりすると、貴女、先に言っちゃダメじゃないの!と本気になって怒る」

ここのところ。 布勢さんって実に面白い!彼はサービス精神にあふれた人で、お客さんをいかに面白がらせるか、そして自分も楽しい気分になるかということが、何よりの価値観なのに、その楽しみを女房が横から取ってしまうと、「何事だっ!」 とばかりに本気になって怒るというところがね、ここに人間性というものが出ているわけ。

ああ、布勢さんて、とっても率直な人だったんだなぁと、感心して読めました。こういう視点から書くと、とても良いと思います。





【石田】 ここが私も会員の添削をしていて悩ましいところで、たとえば恩師や恩人のことを書いた作品に、どうしても会員の皆さんは敬語を使って書いてきてしまうんです。
「エッセイの場合は敬語を使わないんです」と何度も注意するんですが、どうしても納得してくれなくて……。「呼び捨てにはできない」などと言って何度こちらが直しても、また敬語に書き換えてしまうんです。

【先生】 まあそれね、ものを書くという時には、どうしても越えなければならない壁なんですよ。私は別にプロになりたいわけじゃなく、書くことを楽しんでいるんです、という向きには、まぁ、しょうがないんじゃないですかね。でもプロとしては通用しませんね。

【石田】 登場人物は身内みたいなもので、文中に敬語を使ってはいけないと言っております。たとえば母親を書くときに、「私のお母様は絵の才能がおありになって」 などと書いたらおかしいでしょう? と教えております。

【先生】 うん、まったくその通りですね。だから本当は、最初に「あなたはプロを目指しているの? それとも楽しみで書いているだけ? 」と聞いてから講評しなくちゃいけないんですね。池田さんの作品については、随筆春秋のエッセイとして出しているわけだから、エッセイとしてはここが気になりますよ、ということなんですよ。




【先生】 近藤さんの作品についてですね、手練れの書き手なんだけれどね、終わりから3行目の、「あの世でも豪快に酒を飲んでいることだろう」というところ、これはね、この手の文章の終わりの時に結びの文章としてよく使うんですよ! そう思いませんか?

「近藤健ともあろう人が、こんなね、ありふれた言葉でね、文章をしめくくるな!」と私が言っていたと、池田さん、伝えといてくださいね。やっぱりね、一晩かかって書き上げて、翌朝起きて読み返して気に入らなくって全部捨てて書き直す、それくらいのことをやって欲しいですよ。

長年努力を重ねて伸びてきた人ですからね、近藤さんは。やはり作品の終わり方は独特の工夫をこらした秀逸なものにしないと……。私なんか95歳になってもそうやって書いているんだから、自分もやってみろと言うことなんですよ。



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